大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)57号 判決

原告

花王石鹸株式会社

被告

特許庁長官

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和50年審判第5338号事件について昭和53年2月3日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「水硬性セメント配合物用添加剤組成物」とする発明につき、昭和44年8月21日特許出願をしたところ、昭和48年3月26日出願公告されたが、昭和50年3月19日拒絶査定を受けたので、同年6月24日審判の請求をし、特許庁昭和50年審判第5338号事件として審理され、昭和53年2月3日上記審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年3月25日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

未反応ナフタリンスルホン酸塩を8%以下、かつ、5核体以上の高度縮合物塩を70%以上含有するナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩とグルコン酸塩とを含有してなる水硬性セメント配合物用添加剤組成物。

3  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前記記載のとおりである。

本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特公昭41-11737号公報(以下、「第1引用例」という。)には、未反応ナフタリンスルホン酸を8%以下含有したナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物をセメントの分散剤として用いることが、また、同セメント協会発行「セメント・コンクリート」1967年3月号(以下、「第2引用例」という。)には、グルコン酸塩をコンクリート減水剤として使用することがそれぞれ記載されている。

本願発明と第1引用例及び第2引用例に記載された事項を比較すると、引用例のものは、本願発明で使用しているセメント混合剤をそれぞれ単独に使用しているのに対し、本願発明は、そのセメント混合剤を併用している点にのみ差異がある。

しかし、数種のセメント混合剤を併用することは、当業界において周知であり、しかも、併用することによる効果は、本願発明の明細書に記載された、フロー値及び圧縮強度のデータからみて、セメント混合剤をそれぞれ単独に使用した場合に比して、数事例においては効果のあることが示されているが、その余の大部分は、効果があるといつても極めてわずかであり、発明全体としては顕著な効果があるとはいえない。

よつて、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであつて、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

4  本件審決の取消事由

第1引用例及び第2引用例の各記載内容が審決認定のとおりであること、本願発明の添加剤組成物を構成するナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩及びグルコン酸塩がいずれもセメント混合剤として本願発明の出願当時公知であつたこと、数種のセメント混合剤を併用することが同じく出願当時当業界において周知であつたこと、上記ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩には、未反応ナフタリンスルホン酸塩を8%以下、かつ、5核体以上の高度縮合物塩を70%以上含有するものも含まれること、本願発明と各引用例との対比において、各引用例のものは、本願発明で使用しているセメント混合剤をそれぞれ単独に使用しているのに対し、本願発明は、そのセメント混合剤を併用している点にのみ、相違点が存することは、いずれも争わない。

しかし、審決が本願発明における2種のセメント混合剤の併用による相乗効果の顕著性を否定し、「両者を併用することによる効果は、明細書に記載されたフロー値及び圧縮強度のデータからみて、セメント混合剤をそれぞれ単独に使用した場合に比して、たしかに数事例においては効果のあることが認められるが、その余の大部分は、効果があるといつても極めてわずかであり、発明全体としてみれば、顕著な効果があるとはいえない。」としたのは誤りである。審決はこの点において違法である。

すなわち、本願発明の明細書の記載から明らかなように、両者を併用した本願発明の組成物は、それぞれ単独に用いた場合に比べ、同一使用量において、分散効果が著しく向上し、明らかに併用による相乗効果を収めている。この相乗効果を見やすくするために、本願発明の明細書の第1表をグラフで示すと、別表(2)のとおりである。これは、ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物のナトリウム塩とグルコン酸ナトリウム塩とを併用することにより、それぞれを単独で用いた組合に比べ、著しくセメント分散効果が向上していることを示している。特に、セメントに対する添加量0.2%ないし0.25%付近において高度縮合物塩70%ないし80%、グルコン酸塩30%ないし20%の配合割合の混合物を頂点として、併用による極めて顕著な相乗効果が発揮されている。相乗効果の存在は、別表(2)の曲線で示された山の頂上の高さによつて判断されるべきものであり、その裾野によつて判断されるべきではない。また、相乗効果判定の基準は、上記グラフにおいて2つの単独使用の値を直線で結んだ線によるべきであり、この線より優れた効果を奏する部分は、相乗効果のある部分である。しかして、このような顕著な相乗効果が現われることは、当業者といえども、本願発明の出願当時全く予想しえなかつたことである。さらに、本願発明の明細書では、ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩70%ないし80%、グルコン酸塩30%ないし20%の最適配合混合物につき、実施例2及び実施例3において、セメントフロー試験及びコンクリート試験を行ない、その結果を明細書第2表ないし第4表に示してある。これによれば、本願発明の組成物が減水効果及び強度増進効果においても顕著である。本願発明のような組成物の発明においては、その組成物の最適配合割合及び最適使用条件において顕著な作用効果を奏すれば、発明全体として顕著な作用効果があるというべきである。

第3被告の陳述

1  請求の原因1ないし3の事実は、いずれも認める。

2  同4の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

1 原告は、2種のセメント混合剤(ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合作塩及びグルコン酸塩)の併用による相乗効果の存在を主張するが、本願発明においては、両者の併用による効果が全くない部分もあるし、効果がある部分でも大部分は極めてわずかであり、数事例においてしかその効果はない。すなわち、明細書の第1表のデータにおいて、単独使用に比して併用の方が少しでも分散効果が優れているものを拾つてみると、別表(1)に示す太線枠内のものに限られる。枠内の部分は、併用する方が単独使用の場合よりも分散効果が劣つていることを示している。枠内のものについても、10%以上の効果の向上を示しているものは、極めてわずかであり、(○印で示したセメントに対する添加量0.2%の欄の252、233、同0.25%の欄の229、270、250、238の6例)、そのほかは、単独使用の場合より数%向上したというにすぎない(△印は5ないし10%、×印は5%未満)。数%というのでは実験誤差の範囲内である。

原告が主張するように、上記グラフにおいて2つの単独使用の値を直線で結んだ線を基準にして相乗効果の判定をすることは適切ではないが、仮に相乗効果というものが原告主張のとおりであるとしても、作用効果の顕著性の判断の基準は、単独使用の場合のいずれか良い方の効果の値を基準とすべきである。

2 公知の物を混合する発明においては、進歩性の有無は、技術的思想の創作の困難性によるのではなく、顕著な作用効果をその混合割合とともに選び出すことの困難性によつて判断すべきであり、また、特許請求の範囲に示された構成要件に該当する範囲内の全部が顕著な作用効果を奏するのでなければ、その発明が顕著な作用効果を収めるとはいえない。本願発明においては、発明が効果を収めない部分、又はわずかな効果しか収めない部分を含んでいるのであるから、本願発明が顕著な作用効果を有するとはいえない。

第4証拠関係

原告は、甲第1号証ないし第6号証、第7号証の1、2、第8号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の本件審決の取消事由の存否について検討する。

第1引用例には、未反応ナフタリンスルホン酸を8%以下含有したナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物をセメントの分散剤として用いることが記載されていること、第2引用例には、グルコン酸塩をコンクリート減水剤として使用することが記載されていること、本願発明の添加剤組成物を構成するナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩及びグルコン酸塩がいずれもセメント混合剤として本願発明の出願当時公知であつたこと、数種のセメント混合剤を併用することが同じく出願当時当業界において周知であつたこと、上記ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物塩には、未反応ナフタリンスルホン酸塩を8%以下、かつ、5核体以上の高度縮合物塩を70%以上含有するものも含まれること、本願発明と各引用例との対比において、各引用例のものは、本願発明で使用しているセメント混合剤をそれぞれ単独に使用しているのに対し、本願発明は、そのセメント混合剤を併用している点にのみ、相違点が存すること、以上の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第2号証(本願発明の明細書)によれば、「本発明者らは、先にナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物の塩がセメント粒子の分散に対し著しく効果的であることを見出し、セメント分散剤として実用化しているが、さらに、高度のセメント分散性を持つ組成物を得る目的で研究を重ねた結果、ナフタリンスルホン酸ホルムアルデヒド高度縮合物の塩とグルコン酸塩とを併用することにより飛躍的にセメント分散作用が向上することを見出し、本発明を完成するにいたつた。」とされ、本願発明がセメント分散作用の飛躍的向上を目的としたものであることが認められる。

原告は、審決が本願発明において顕著な作用効果、すなわち、2種のセメント混合剤の併用による顕著な相乗効果を収めることを否定したのは誤りであると主張する。ところで、本願発明においては、その混合割合については、なんらの限定がない。したがつて、すべての混合割合について、顕著な作用効果を生ずることが少なくとも推認されない限り、本願発明が顕著な作用効果を有するということはできない。本願発明の明細書の第1表のセメントのフロー試験結果のデータにおいては、混合剤の単独使用の場合に比してこれらを併用した場合に、少しでも分散効果が優れているものは、別表(1)に示す太線枠内のものに限られており、同枠外の部分は、併用した場合の方が単独使用の場合よりも分散効果が劣つていることを示している。上記によれば、本願発明は、単独使用の場合より効果の劣る部分を相当数その範囲に包含しているものであつて、すべての混合割合について、顕著な分散効果を生ずると推認することは、到底できない。そうであれば、本願発明は、そのすべてが顕著な作用効果を収めるということはできないといわなければならない。

原告は、別表(2)のグラフが示すように、特にセメントに対する添加量0.2%ないし0.25%付近において高度縮合物塩70%ないし80%、グルコン酸塩30%ないし20%の配合割合の混合物を頂点として、併用による極めて顕著な相乗効果が発揮されている。相乗効果の存在は、上記グラフの曲線で示された山の頂上の高さによつて判断されるべきものであり、その裾野によつて判断されるべきではない。相乗効果判定の基準は、上記グラフにおいて2つの混合剤の各単独使用の値を直線で結んだ線によるべきであり、この線より優れた効果を奏する部分は、相乗効果のある部分である、と主張する。

なるほど、別表(2)のグラフが示すように、セメントに対する添加量0.2%ないし0.25%付近において、高度縮合物塩70%ないし80%、グルコン酸塩30%ないし20%の配合割合の混合物において、併用による顕著なフロー値の増加ないしセメント分散効果が生ずるもののあることが認められるが、同グラフによつても、併用の場合の方が単独使用の場合より効果の劣る部分がかなりの範囲にわたつて存在することは明らかであり、両者のすべての混合割合において併用による顕著な作用効果を生ずると推認することはできない。上記グラフにおいて、2つの混合剤の単独使用の値を直線で結んだ線を基準にして、併用による効果を判定するとしても、上記線より高い併用による値が、結局において単独使用の値よりも低いものがあれば、混合剤の混合割合について限定のない本願発明の特許請求の範囲に関する限り、併用による顕著な作用効果がすべての場合にあるとはいえない。しかも、数値が単により高いというだけでなく、それが顕著であるといえる範囲のものかどうかの点を評価考慮すべきものとすれば、なおさらのことである。また、特許請求の範囲のうち、最適割合及び最適使用条件において顕著な作用効果を奏すれば、たとえ、その他の配合割合及び使用条件においては顕著な作用効果を収めなくても、発明全体として顕著な作用効果があるとすることができないことは、前述したところから明らかであろう。したがつて、原告の上記主張は、採用することができない。

成立に争いのない甲第6号証によつても、試験結果に示されたフロー値及び圧縮強度のいずれのデータにおいても、併用による作用効果がある場合のあることが認められる反面、単独使用の場合より効果の劣る場合も包含されていることが明らかであつて、すべての混合割合について、併用の場合に顕著な作用効果を収めることを推認させるものではない。また、上記甲第6号証において、2つの混合剤の単独使用の値を直線で結んだ線を基準にして、上記線より高い併用による場合の値が、原告主張の効果を示していたとしても、結局において単独使用の値よりも低いものがある以上、その場合は、本願発明の特許請求の範囲に関する限り、併用による顕著な作用効果があるとはいえないとすべきことは前述のとおりである。

上記のとおりである以上、本件審決に原告主張のような違法はない。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例